海外進出の最初のステップとして、越境ECを検討される企業も多いようです。特に、人口が多いインドネシア市場へアプローチする方法として検討される企業も多いようです。この記事では、ここで、インドネシアへの越境ECについて改めて整理し、その可能性について議論してみたいと思います。(2022年掲載の記事を加筆修正したものです。)
前提 越境ECありきで考えない
マーケティングは、4P(Product、Price、Place、Promotion)で説明されることが多いですが、越境ECはセールスチャネルですので、4Pの中ではPlace(チャネル)ということになります。通常、マーケティングプランの策定は、インドネシアの消費者をセグメントした上でターゲットを設定し、製品のポジショニングやコンセプトを決めるというマーケティングの上流工程を先に行うことになります。
ですから、この落とし込むべきはずの「施策」ありきで(越境ECありき)で販売をスタートするのはおかしいことになります。あくまで、セグメンテーション・ターゲット・ポジショニング(STP)を先に行った上で、チャネルとして適当であれば越境ECを選ぶという順番です。
事実、多くの「越境EC」にまつわる失敗の原因はここにあることを押さえておく必要があります。例えば、ジェトロが2018年から開始した「ジャパン・モール事業」での結果分析では、現地の消費者を把握しておくことの重要性が指摘されています。(ジェトロ「想定より売れない東南アジア越境ECのなぜ」)
理由1.越境ECでは、インドネシア市場の旨みは享受できない
2015年の流行語大賞(年間大賞)にも選ばれた「爆買い」。中国から国慶節などの休暇に日本に大勢訪れ、特に日本製のトイレタリー商品や電化製品を大量に購入するという現象が見られました。ドラッグストアでは、それまでに起こることがなかった「品切れ」になる商品も出てくるなど、その購買力に圧倒されました。その後、そのニーズを汲み取り、日本から中国市場向けにECサイト経由で販売する方法、つまり「越境EC」が始まり、海外市場への簡単なアクセスとして認知されるようになりました。
圧倒的な中国のEC小売市場
その理由としては、そもそも中国市場は、越境ECに限らずEC市場全体の規模が大きいというのがあります。経済産業省の調査結果によりますと、2020年の国別EC市場規模では、中国が1位となっており、その市場規模は22,970億ドルで、2位のアメリカ(7,945億ドル)の約3倍です。ちなみに日本の市場規模は1,418億ドルで、3位の英国(1,804億ドル)の次に位置しています。
なお、ここではECによる小売販売に限定しています。金融取引やB2Bなどを含めたEC市場全体にしてしまうと本質を見誤る可能性があるためです。例えば、2021年のインドネシアEC市場の市場規模が403兆ルピア(約270億ドル、約3兆6千億円)という推計値がありますが、これは小売のみの金額ではなくEC全体の規模を示すためミスリードする数値と考えた方が良さそうです。
インドネシア市場の旨みは享受できない
さて、インドネシアのEC市場規模は、同じく2020年は169億ドルで、2024年には284億ドルに成長すると予測されています(インサイダー・インテリジェンス社のデータからジェトロが作成した資料、実際はコロナ禍中に予測されたほどには伸びていない)。3年前の数字ですが、中国の市場規模は既に圧倒的(インドネシアの約136倍)であり、いくらインドネシアのGDPが高水準で推移しているとか、人口の大きさを魅力を感じても、越境ECでは、その大きな市場の旨みは享受できないのです。
また地理的に近いため輸送コストや時間の面でもデメリットがあります。事実、インドネシアのモール型ECサイト(ECモール)での、日本製品(越境ECによる販売)へのレビューでは、「デリバリーに時間がかかった」「忘れた頃に配達された」など配送に関するものが多いです。ちなみに、前出の「想定より売れない東南アジア越境ECのなぜ」でも、ジェトロは、東南アジアの市場規模が小さいことや地理的理由からの輸送によるコスト増が失敗の原因として挙げています。
理由2.コストがかかりすぎる
インドネシアのECモールは、アクセス数で見ると、トップ3が、ショッピー(Shopee、シンガポール系、平均月間UU数*158百万**)、トコペディア(Tokopedia、インドネシア地場、同117百万)、それにラザダ(Lazada、シンガポール系、同83百万)となり、全て総合型モールです。そのほか、Ticket.comを傘下に持つ総合型ECモールBlibli.com(同25百万)や、インドネシア地場系大手のBukalapakもあります。
*UU数: ウェブサイトへのユニークな訪問者数で、通常はアクセスしたユニークなブラウザ数
**UU数データ: 5 E-Commerce dengan Pengunjung Terbanyak Kuartal I 2023、databuks, 2023年5月3日
全てのモールに出店が普通
このように、多くのモールがひしめき合っており、通常インドネシアのローカル企業や拠点を置く日系企業の場合、自社ECも含め担当する専任の従業員を雇って、網羅的に全てに出店し、各モール内にブランドストアを開設するのが普通です。ですが、モール型ECサイトのプレイヤーが多いインドネシアで、全モール型ECサイトを越境ECで網羅するのは現実的とは言えません。
価格競争では勝てない
視点を変えて、出品する費用に関して言いますと、前出のジェトロの記事の通り、インドネシアへの越境ECは輸送コストがかかることが問題視されています。このコストは、ひしめき合う数多の競合の中で致命的とも言えます。詳しく説明すると、例えば、大手のプラットフォーマーへの出品を決めたとしても、そこにはインドネシアの企業だけではなく、すでにインドネシアに進出し、工場や物流拠点があるため価格優位性を持つ日系・韓国系・欧米系大手のメーカーなど、並み居る競合がいます。つまり既にレッドオーシャンであると言えます。結果として、出品だけでは足りず、消費者にアピールするためにサイト内でのプロモーションが欠かせないということになります。つまり、輸送コストの他に、広告コストも重くのしかかるとも言えなくもないのです。
理由3.越境ECは、テストマーケティングにならない
次に、テストマーケティングとしての越境ECについて考えてみます。そもそもテストマーケティングとは、日本の場合、全国販売は投資額が大きいため、世代構成比率など全国に近い傾向が見られる(例えば)静岡県限定で事前にテスト販売することを指します。そして、そこでの学びを全国販売に反映させることで、全体の投資の最適化を図るというものです。
つまり、チャネルのみならず4P全てをテストするということです。例えば、清涼飲料水大手の日本コカ・コーラは、初のアルコール飲料を発売する際、福岡県のみで限定販売しました。そこでPOSデータの結果や小売店などへのヒアリング結果などを分析し学んだこと(販売チャネル評価やパッケージデザイン、価格、TVCMなどの広告効果など)を全国で発売する際に反映し、大成功を収めました。これはテストマーケティングの典型的な成功例と言えるでしょう。
成功のためには、実際のマーケティング戦略(仮説)を策定した上で、市場が似ている小さなマーケットで試験的に販売し4P全ての戦略仮説を検証し、実際の販売に活かすというのがテストマーケティングなのです。ですから、テストマーケティングとして機能させるためには、チャネルはもちろんのこと、製品デザイン、価格、プロモーションの決定に活かすことのできるデータ(購入理由、デモグラフィックデータ、所得水準など)を得る必要があります。
しかし、モール型ECサイトへの出店では、実際は購入者アンケートは普通実施できません。さらに、ECモールの自社ページと自社SNS広告の連携が悪く、結果SNS広告の効果測定ができなければ広告の検証にもなりません。これがインドネシアの越境ECの実情なのです。また、モール内のプロモーション結果の学びは、そのモール内での販売にしか活用できません。このためだけに、越境ECをサポートする会社へ支払う登録料や月々のサポート料、輸送コスト、ECプラットフォーマーへの支払いなどまでして行うことは、費用対効果が悪いどころか、意味がないように弊社は考えるのです。
ちなみに、規制も強化される方向
昨年インドネシア財務省から、越境ECによる輸入は、FOB価格100ドル以上のみを許可する(例外品目あり)という方針が出されました。これは、資源に依存してきた産業構造から脱却し、これまで輸入に頼ってきた「川下」産業を強化するという方針の一つと解釈できます。
(2023年12月15日のジェトロの記事からの引用)
「インドネシア財務省関税局は12月5日、2023年11月の越境電子商取引(EC)による輸入件数が10月の107万件から大きく落ち込み、前月比66%減の36万件だったと発表した(「コンタン」12月6日)。インドネシア商業省は9月26日に商業大臣規定2023年第31号にてFOB価格100ドル以上の商品のみ輸入を許可し、100ドル未満の商品の販売を禁止することなどが定められていた(2023年10月4日記事参照)。今回の減少は、同規定の施行による影響とみられる。」
まとめ
これまでインドネシアへの越境ECに関して考察してきました。結論としては、インドネシアの市場参入を本格的に検討されるのであれば、定石の通り、情報収集、市場調査(定性調査による消費者のインサイトを把握した上での仮説立案、定量調査で検証)、フレームワークを活用した戦略立案などといったフィージビリティ・スタディを慎重に行い、適切なマーケティング施策を策定するというプロセスを経た進出の方が、結局、時間もコストも無駄にしないと考えられます。また、進出後に、戦略の落とし込みの結果、ECモールへの出店がチャネルの選択肢と上がってきたら、その時点で検討するべきなのです。